SEEIN' RED Interview
(from "EXPANSION OF LIFE" no.14)

・まず、日本に来るにあたって、楽しみにしていることは?日本でやりたいこと、見たいものなどは?

Paul(g/vo):日本を凄く楽しみにしてると同時に、正直言って、少し緊張もしてる。なんせ、初めての日本だからね。一体どうなるのか、全く想像もつかないぐらいだよ。でも、なんとなく素晴らしい体験になるんじゃないかという気がしてる。日本という国とその文化を体験できることを凄く楽しみにしてるよ。時間があれば、都市はもちろんのこと(東京、札幌、名古屋など日本の大都市の凄さについて話だけはたくさん聞いてる)、自然や歴史的建造物、例えば、お寺や神社などもこの目で見てみたいね。でも、何よりも、日本でのパンクの在り方を見てみたい。日本を訪れたことのある友人やバンドはみんな口を揃えて、日本のパンクシーンは素晴らしいと言って話をしてくれてるので、今から楽しみだね。でも、さっきも言ったけど、日本を訪れるのは初めてだから、きっと何もかもが新鮮に感じるだろう。いろんなものを見て、びっくりしたい!

Jos (b):アジア地域を訪れるのは初めてだから、凄く楽しみにしてるんだ。カルチャーショックを感じることも当然、あるだろうけど、不安な気持ちは一切ない。それよりも本当に楽しみだ。日本のバンドもいくつか知ってるので、日本のバンドとプレイできるのが最大の楽しみだね。日本を訪れたことのある人から話を聞いたこともあるけど、日本の社会は俺達が住んでるヨーロッパの社会とはかなり違うみたいだね。その違いを発見したり、見たりすることにも興味が湧く。既成概念を持たずに、オープンマインドで日本を旅し、自分なりの印象を構築していきたい。最近、日本についての本を買って読んでるんだけど、文化もさることながら、日本の自然もかなり魅力的なようだね。とにかく、こんな俺達を遠い日本で迎えてくれる人達がいること自体に、行く前からすでに感謝、感激してるよ。

・D.I.Yとは、音楽の製作・流通ということに限らず、食事、住宅、交通 、コミュニティー、といった生活全般において自律的なライフスタイルや空間や関係を築き、それを維持していくための手段でもあります。それは、自分が生活していく上で必要なものを、自分の手で、身近にあるものを使ってつくり出していく、というとてもシンプルなアイデアですが、同時にそれは、音楽産業、企業、警察、国家といった権力/権力構造を無効化するものでもあると考えています。"D.I.Y.-O.F.D. (DO IT YOURSELF OR FUCKING DIE)"という曲からも分かりますが、あなたたちの音楽や思想を深く聞き取るためにはD.I.Y.はとても重要なテーマです。D.I.Y.についてのあなたの考えを教えて下さい。

Jos:自分でできる限り、DIY精神をサポートしようと努めている。俺にとって、きっとパンク・バンドで活動することが、PaulとOlavと共に、自分達のコントロールが最大限に確保できる形なんじゃないかと思ってるんだ。つまり、自分達が作り出す音楽、そして行動を全面 的に自分達でコントロールできる状態が、俺にとってはこのパンク・バンドだね。自分のバンドだけでなく、他のバンドをサポートしたり力になってあげることも自分にとって大切なDIY活動だ。バンドやパンク以外での普段の生活においては、当然、物質主義ではないものの、ある程度、自分が居心地いいと感じられる生活はしたい。パンクスはフザケンナと思うかもしれないけど、他人がどう思うかはその人の勝手。あえて汚いところに住んだりする必要を感じないだけなんだ。俺の理想は、気の合う良い人間同士と一軒家とかで居心地の良いスペースを創って、一緒に生活を営むこと。野菜なんかも栽培したりしてね。でも、いわゆる(ヒッピー)コミューンのように、社会から自分達を隔離するようなことはしたくない。逆に、社会の中で、信念を失わずに生きる方が断然、有効だと思う。

Paul:まず、俺達にとってD.I.Y.というと、最初のうちは音楽に関連したことだけだった。テープ・レーベル/レコード・レーベルを自らやったり、自分達で自分達のファンジンを創ったり、自分達で自分達のTシャツ、ステッカー、バッチなどを創ったり、D.I.Y.ネットワークの中で活動する友人達とレコードを共同リリースしたりなどしてね。その後、さらに範囲を広げて、地元のスクワット・ムーヴメントに関わってみんなのために居住スペースを確保したり、スクワットでライブを企画したり、パンク・バー/ショップ/集会場を合わせたようなスペースを創ったり、ポリティカルな活動ができるスペースを創ったりしてきた。こうしたスクワットでの活動を通 して、既成の社会システムの中での生活よりも、もっと素晴らしい人生があるんだ、ということを外部世界に知らしめる自律ゾーンを実現することができたんだ。俺達の活動に刺激されて、たくさんの若い人もD.I.Y.なバンド、ファンジン、アート・コレクティヴなどなど、いろんな自主自立した活動をスタートするようになった。結果 的に、「Do It Yourself」的な活動を、「Do It Together」に発展させることができた。質問の中にもあった「……権力/権力構造を無効化するもの」として機能する可能性を秘めたムーヴメントとなった。だけど、その一方で、俺達は資本主義社会のシステムの中で生きており、そのシステムは自分のライフスタイルに基づいて日々、行う様々な選択だけでは消滅しないものだということも自覚しなければならない。資本主義と資本制生産様式から簡単に逃れると思ったら間違っている。そこで、生産様式を変えるためには革命が必要なんだ。こうして声高に主張しているのも、俺達がこれまで25年間も関わってきたD.I.Y.(パンク)・ムーヴメントの盛衰を目の当たりにし、いろいろと見てきて、感じてきたことに基づいてる。シーンはその時々によって大きかったり、小さかったりしてきた。去っていく者もいれば、新しく参加する者もいる。その中で、ほんの少数の強い信念を持った人達だけは、D.I.Y.精神と自律的なライフスタイルを貫き通 す。そういう観点からしてみると、D.I.Y.は人生を変える力を持っていると言えるし、人によっては人生をさらに充実させてくれるものだと言えるけど、実際には資本主義を完全に打ち倒すことはできてない。それだからこそ、それ以上のものが必要なんだ!実際に、権力はあらゆる方法を使って俺達のムーヴメントを絶やそうとしている。そして、いわゆる「テロとの戦い」が巻き起こってから、システムはD.I.Y.ムーヴメントやその他のラディカルな左派勢力に対する抑圧と弾圧をさらに強めてきた。事態はどんどん悪い方へと向かってる。だけど、俺達は諦めない!権力と闘い続ける。人生は闘いであり、闘いは人生である。この長くて困難な闘いの中で、D.I.Y.精神はあらゆる意味で励みとなっていて、力を与え続けてくれる。

・SEEIN REDの東京公演をサポートするが決まってから、レコード棚からSEEIN REDのレコードをたくさん引っぱり出して、あなたたちのレコードを聞き直しました。その時最初に聴いたのはEBULLITIONからのオムニバス"GIVE ME BACK"に入っている曲でしたが、改めて興奮しました。昔、初めてこのLPを聴いたとき、あなたたちのような速く激しい男性によるハードコアのバンドが、女性や同性愛者の権利・自由について歌っていることに衝撃(良い意味で)を受けたことを思い出します。そのLPの中では、あなたたちは"BIGOT"という曲でホモフォビア(同性愛嫌悪)を激しく攻撃しています。あなたたちには"FUCK MALE DOMINATION"(男性支配はクソだ)という曲もありますが、このような「性」に関する曲が書かれた背景を教えて下さい。

Paul:俺達は性別であれ、人種であれ、何であれ、あらゆる差別の形態を嫌悪する。"BIGOT"という曲は、差別 に対する俺達のそんな嫌悪感を表現した曲の一つだ。俺達が住んでるオランダという国は、自由主義な国というイメージをみんなが強く抱く国で、ある意味、オランダは世界で最も自由な国の一つかもしれないけど、この“自由主義国家”の表面 下では、実際には、バカげたことがたくさん起こっている。つまり、こう言いたいんだ:オランダは自由主義という仮面 を被った資本主義国家の一つにすぎない。オランダでも結局、資本主義が最も有力なイデオロギーなんだ。俺達全員が社会の囚人となってる。この社会が俺達の限界、考え方、そして感じ方を決定してる。人種差別 、性差別などなどといった害悪を生んでるのも、この社会だ。オランダでも、俺達が住んでる街でも、それに職場でもホモフォビアや女性差別 を目撃する。こうした悪がごく身近なところにはびこっているんだ。現在の社会における差別 や抑圧について女性やホモセクシャルの友人から直接、体験談を聞くことも少なくない。そういう話を聞く度に、クソみたいな抑圧に抵抗し、社会の抑圧に対する自分達の考えを述べたいという気持ちに駆られる。その一つの方法が歌うこと。差別 を問題提起する歌を書くもう一つの理由は、パンク・シーンにおいてもホモフォビアや男性優位 的な考えがはびこっていることを感じるからだ。そういう自称“パンクス”に俺達の怒りをぶつけて直面 したい。俺達自身が関わっているパンク・コミュニティ内で起こっている悪行に目をつぶりたくない。“現実の世界”だけでなく、パンク・シーンでも差別 は確かに行われているんだ。例えば、クリシュナやクリスチャンのパンク/ハードコア・バンドが、自分達の宗教の教義によると同性愛は不自然だとか、病気だというふうに公言してることも知ってるし、未だにパンクスは男性の同性愛者のことを平気で“FAGGOT”(ホモ野郎)と呼んだりしてるのを知ってるし、大部分のパンク/ハードコア・シーンは未だに男性に独占・支配されていて、明らかな性差別 が頻繁に行われていることも知っている。本当に酷い話だけど、つい昨年、アメリカのハードコア・フェスティバルで何人かの酔っ払いのパンクスに女の子がレイプされた事件もあったぐらいだ。だからこそ、常に注意していなければならない。女性、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルによる闘いは、基本的人権と“真の解放”を勝ち得るための闘いなのだ。抑圧されてる人間が一人でもいる限り、真の解放や真の自由は存在しないんだ。女性や同性愛者に対する抑圧が重要な問題ではないと片付けてしまう政治的、革命的なムーヴメントは、自らのムーヴメント、それに未来と新しい社会にもその抑圧を持ち込み続けることになるだろう。

Jos:まず言いたいのは、男性/女性、という考え方ではなく、人間、という考え方をすることが大切だと思う。それが平等な社会への第一歩だ。俺達が取り上げる他のいろんなトピックと同じように、こうした差別 問題を取り上げる理由は、本質的には怒りの感情だ。社会だけでなく、急進的であるはずのいわゆるパンク・シーンでも偏見や性差別 を頻繁に目撃することから生まれる怒りの感情。個人的なことになってしまうが、2ヶ月ほど前に、俺はホモセクシャルとしてカミング・アウトした。個人的に物凄く意義のある大きな前進となるステップだった。同性愛は多少なりとも受け入れられているものだと思っていたんだけど、悲しいことに、実際にはそうではない。未だにホモフォビアは強く残ってる。でも、俺の友人や家族の、俺のカミング・アウトに対する反応にはとても喜んでる。俺を普通に扱ってくれてるんだ。

・イラクに対する戦争が始まってちょうど2年が経とうとしていますね。あなたたちは2年前の開戦の日(2003年3月20日)は何をしていましたか? また現在、アメリカ政府(企業)を中心に世界中で展開されている「テロとの戦い」をどう思っていますか?

Jos:あの日、ショックで呆然とテレビを眺めていたことを思い出す。自分の中で、きっと戦争は回避できる、というほのかな希望を抱いていたから余計ショックだった。そして、あれから2年が経って、得られたものとは?無数の(罪無き)死者、原理主義の高まり、他に有効利用できる事案がたくさんあるというのに戦争に費やされる何十億ドルもの莫大な予算。「テロとの戦い」は、人々を抑圧するための一つの方法にしかすぎない。テロリズム撲滅という大義のもと、政府はより厳格な法律やより強烈な抑圧を公然と行うことができる。政府は正しいことをしてる、と思い込んでいる人がいる事実に、俺は悲しくなってしまう。個人的な意見としては、力を誇示したいがための戦争にしかすぎないと思う。敵が誰であってもいい。一つの像が倒れても、また新たな像が建てられるだけだ。もう一つの憂慮すべきことは、この「テロとの戦い」が理由で世界は親テロか反テロのどちらか、というふうに二極化されてしまってることだ。少なくとも、各国の政府はそのような単純な見方をしてしまってる。Larmの"Puppets On A String"という曲の歌詞が、現在でも通用してしまうことが悲しい。

Paul:アメリカがイラクへの空爆を開始したと初めて聞かされた時は仕事中だった。ショックで、強烈な怒りが込み上げてきて、何よりも無力感に打ちひしがれた。大きな帝国主義勢力とやつらの巨大な軍事力と平等に対抗できる手段がほとんどないのが事実だからだ。2003年という時代に、あのクソ野郎達は、未だに戦争というもおを、世界の問題を解決できる“人道的”な方法だと思い込んでやがる。戦争を通 じて西欧式の民主主義を他の文化圏に植え付けようとしてるだけだ。オランダも含め、世界中で大きな反戦運動が繰り広げられたことは、辛うじて希望を少しでも感じさせてくれたけど、同時に、心の中では、この戦争を実際に止めることはできないんだ、という絶望感は拭えないままだった。実際、2005年になった今でも戦争はまだ続いてて、無駄 な死が増えるばかりだ。軍事を支えるためにさらに何十億ドルもの莫大な資金が投じられ、このために世界経済も危機に瀕してしまっている。「テロとの戦い」はただの言い訳にしかすぎない。“共産主義世界”に対抗するための“冷戦”もそうであったように、アメリカ合衆国と彼らの同盟国の帝国主義的欲望を満たすための言い訳にしかすぎない。独占的/多国籍企業にバックアップされたアメリカ合衆国政府は、彼らが信奉する自由市場/自由企業システムと資本を、さらなる利益を狙って他国に押し付けたがっているだけだ。やつらは世界に進歩をもたらすどころか、戦争の脅威、環境破壊、そして近代的軍事しかもたらさない(アメリカ合衆国の最大の産業は軍事産業であり、アメリカにとって非常に重要な経済要素であり、オランダも含め、すべての帝国主義国も戦争とその準備から多大な利益を得ている)。それに、はっきりとした事実としてそろそろ認めなければならないのは、イラク戦争は「テロとの戦い」とはなんら関係のない戦争だった。イラクの石油産業と石油自体を、アメリカ合衆国とその同盟国が将来的に牛耳るために仕掛けた戦争だったのだ。
 別のところでは、「テロとの戦い」はアメリカ、イギリス、オランダなどなどの自国民を抑圧するための手段でもある。9.11の同時多発テロ事件が起きて、ブッシュが「我々の味方になるのか、それともテロリストの側につくのか、そのどちらしかない」と発言してから、社会にたくさんの抑圧的な法律や既成が新たに登場してきた。突然、フッと湧いたように、いわゆる民主的な政府はこぞってファシストの顔をのぞかせ始め、“自由”な国はもはや“自由”ではなくなり、徐々に警察国家へと変貌しつつある。
 「テロとの戦い」というものが始まってから、戦争や新たな戦争の脅威が常に世界を覆い、世界中が計り知れない危機に陥れられてきた。世界中の貧困者と労働者が肌でひしひしと感じる脅威が常に空気に満ちている。それでも、権力を握るクソ野郎どもが「テロとの戦い」は世界に“平和”と“民主主義”をもたらすものだと吹いている。俺達にしてみれば、そんな現象は全く目にしないし、そうとは全く感じないけどね……。

・あなたたちの"REAL TERRORIST IS IMPERIALISM"という曲にはいつも興奮します。その曲の中であなたたちは「帝国主義に対する武装した抵抗はテロリズムではない! その闘争は正しい! (The real terrorist is imperialism. The armed resistance against imperialism is never terrorism. Their struggle is right... RIGHT!!!)」と歌っています。それは、一見過激なメッセージに聞こえますが、帝国の「圧倒的」な軍事力によって、自分達の愛する家族、友人、恋人、家、土地、風景、といったものが何の正当性もなく(例えばイラク戦争は何の正当性もなかったことがはっきりしています)、ものすごく残酷なかたちで奪われていっている人々の抵抗や怒りの表現を、「テロ」と呼んで「テロは良くない」と一蹴することの方が過激であり危険な考えだと考えています。この曲は、政府やマス・メディアが伝える「テロ」や「テロリスト」と言った言葉をそのまま受け取っているととても大切なことが見えなくなってしまうのだ、ということをとても強く訴えている曲だと考えていますがどうでしょうか? またこの曲はを作るときにはなにか具体的な抵抗運動を念頭に置いていたのでしょうか?

Jos:これはPaulに答えてもらうのが一番いいかも。"REAL TERRORIST IS IMPERIALISM"はPaulが書いた歌詞なんだ。

Paul:質問の中ですでに、ある程度、答えが盛り込まれているけどね。"REAL TERRORIST IS IMPERIALISM"を書いた理由は、抑圧、不平等、貧困、そして絶望のあまりに武器を手にして抑圧者と対峙するしか生きる術がない人々が、実際のテロリストではないと思ってるからなんだ。逆に、こうした人々の方こそが正当な理由を持って戦っていると思う。他の戦いに例えると分かりやすいかも。例えば、第二時世界大戦の最中、ナチスの抑圧に抵抗した人々はパルチザンや自由の戦士として賞賛され、英雄視された。そして、現在、パルチザンや自由の戦士と同じ理由で武器を手にして、抑圧、不平等、貧困などに抵抗して立ち上がっている人々は“テロリスト”のレッテルを貼られている。ナチスに抵抗した人々と、現代の抑圧者に抵抗する人々に、なんら違いは無いと感じる。
 また、この曲いは帝国主義への批判も含んでいる。ある統計によると、世界で、3秒ごとに1人の人間が飢餓で死んでいる。毎年、年間2,000万人が飢餓で死んでいる計算になる。これこそが、俺達にとっては“真の、本物の”テロリズムだ。世界の金持ち(=帝国主義者)が世界に食料を供給することよりも、支配力や金銭的利益などといった帝国主義的な野心を満たすために何十億ドルもの金を戦争に使う方を好んで選んでいる、そんな世界だ。従って、俺達にとって、本物のテロリストはブッシュ、ブレア、それにオランダのバルケネンデだ。やつらはイラク戦争と「テロとの戦い」を擁護し、世界や自国の貧困者を助けることより(先進国でも実にたくさんの貧困者が救済を必要としている)、軍事費に何億ドルもかけたり(イラク戦争/駐留の費用は1日ごとに2億ドルもかかるそうだ)、自国での権力/警察に金を費やす方を選んでいる。
 そして最後に、もう一度、自問する:本物のテロリストとは誰だ?絶望と貧困の中で抑圧者に抵抗する人々なのか?それとも、貧困者と労働者のおかげで大金を稼ぎ、何百万人もの人々を飢餓死させている抑圧者なのか?  "REAL TERRORIST IS IMPERIALISM"を書いた時、念頭に置いていた抵抗勢力はいくつかある。RED ARMY FACTION(西独赤軍派)、RED BRIGADES(伊/赤い旅団)、PKK(トルコ/クルディスタン労働党)、THE WEATHERMEN(北米)、THE BLACK PANTHERS(北米/ブラック・パンサー党)、ZAPATISTAS(メキシコ/EZLN:サパティスタ民族解放戦線)、SENDERO LUMINOSO(ペルー/センデロ・ルミノソ/輝ける道)などといった人民による革命組織。決して、“テロリスト”という言葉を鵜のみにしてはならない。政府やマスメディアのフィルタを通 して発信される“テロリズムは悪”(少なくとも彼らの目には)という一元的な意味合いしか持たない情報には警戒すべきだ。最後にもう一つ、例を挙げておきたい。今となっては、世界中の人々からヒーローとして崇められているネルソン・マンデラだけど、過去においては、マンデラが率いていたANC(アフリカ民族会議)は、今やマンデラを偉大なる人物として描写 するまったく同じ政府やマスメディアによって、“テロリスト”組織として位 置付けられていた。どれだけやつらが偽善的なのか、よく分かるよね。

・あなたたちとNOW DENIALとのSplit 7"は、イタリア・ジェノアでのG8サミットに対する抗議行動の中で不当逮捕された人々(その時の警察の弾圧は一人の死者が出るほどすさまじいものでした)へのベネフィット・リリースでした。ジェノアをはじめ、ここ数年「反グローバリゼーション」を合い言葉にシアトル、プラハ(Prague)、カンクン(Cancun)などの都市では大規模な抗議行動が行われましたが、このようなグローバリゼーション、資本主義に対抗する最近のムーブメントについてはどう思っていますか? あなたたちの曲の多くは徹底した資本主義批判ですが、現在の資本主義に対して僕達/私達のようにパンクに関わる者たちはどのように抵抗していけると考えていますか?

Jos:パンクスであれ、パンクとは関係ない人であれ、資本主義に抵抗する気持ちや方法に違いはないはず。闘っているものが同じだからね。資本主義に対抗する方法はたくさんあると思う。最も一般 的で一番明白なのはデモだろうけど、今日のデモがどのように扱われているのかを見ていると(警察による不当な暴力や規制の数々)、果 たして、いつの時代にでもデモが最も有効的な手段かどうかに対しては少し疑問が湧いてきてしまう。反資本主義ムーヴメントが、“一般 的”世間に問題をどう伝えるか、つまり、問題を提起する方法、ということに焦点を当てることも有効な手段だと思う。以外と簡単なことだったりする。例えば、職場、大学、学校などで話題にしてみる、とか。正直言って、今はどの抵抗の方法が最も有効的なのか、少し頭の中が混乱してる。長年に渡るデモ活動は多くを変えることはできなかったけど、一方で、デモする権利、自分の意見を声にする権利は強く支持する。

Paul:反グローバリゼーションのムーヴメントは、資本主義と対抗するすべての人々にとって大きなインスピレーションとなっている。もちろん、俺達もインスパイアされ、だからこそ、THE NOW-DENAILとのスプリットをリリースしたんだ。反グローバリゼーションのムーヴメントへの連帯と支持を表明するためにね。ただ、ムーヴメントの中には、人々の不幸を利用したり、グローバリゼーションをより“民主的”なものにしようとしか考えていない組織や人がいたりするので、批判的精神もおろそかにしてはいけないと考えている。また、交渉のテーブルに座りたいがためにムーヴメントに参加してる組織もいたりする。例えば、ATTACのようなグループは、別 の税務政策(トービン税)を通じて危機を回避しようと考えている。彼らが望むか望まないかに関わらず、彼らのやり方は資本主義(とその危機システム)を生かし続けることになる。俺達にしてみれば、一番の目的は日常的に資本主義に対抗する世界規模のムーヴメントとなるべきだと思っているんだ。
 資本主義に対抗できる有効な手段とは、資本主義への非難を込めたすべての行動や表現だ。音楽/歌詞、映画、詩、ポスター、グラフィティ、アート、ジン、演劇などなど、あらゆる表現方法も有効な手段だ。こうした表現などは資本主義を完全に打倒することはできないかもしれないけど、人を影響し、うまくいけば、人の人生を変えることだってできる。俺達だって、パンクによって人生を変えられたし、中には俺達のバンドによって人生を変えられた人もいるようだ。音楽、アート、本、映画などなどは確かに、人生を変えることができる。少なくともきっかけになることができる。そして、世界的なネットワークを持つ D.I.Y.ムーヴメントこそが、世界中のパンクスに大きな影響力を持ち、大きな力になれる何かを築き上げることができた一番いい例なんじゃないかと思う。
 そして、D.I.Y.を土台に、そこからもう一歩、前進しよう。政治的なデモンストレーションやポリティカル/アクティビスト・グループと共同し、反資本主義のメッセージをストリートに、学校や大学に、職場に、街中に持ち出して広め、資本主義を打倒したいと思っているノン・パンクな人達とも連帯してみよう。誰もが自らが中心となり、抑圧的な状況、差別 のあらゆる形態、労働や不幸などなどに対抗できるように皆と連帯し、組織化できれば大きな動きに繋がる。人間の搾取が公然と行われている世の中で、自分自身の行動の仕方を探っていこうじゃないか。抵抗活動を行っている仲間、システムを転覆したいと望む同志、反逆者、日常における抵抗活動の可能性といったものを嗅ぎ出そう。自分自身だけでなく、他人の人生をも変えられる可能性は誰でもが秘めているから、ムーヴメントをどんどん広げ、発展させ、革命的変化を目指していこう。だけど、この道は長く険しい道だから、それ相応の覚悟と情熱が必要だ。

・いま、あなたたちの"COLOURBLIND"という曲を聴いて興奮しています。なぜなら、最近日本では、クルド人難民2人が強制送還されるといニュースがあったからです。 クルド難民はトルコに帰らされれば迫害、拷問、収容、虐待などを受ける可能性があり、難民条約および拷問等禁止条約では、深刻な拷問、迫害など人権侵害を受けるおそれがある地域へいかなる人も強制送還してはならないことになっています。それに2人はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)から難民認定を受けているいわゆるマンデート難民です。それでも日本政府は強引に2人を強制送還したわけです。国際法を無視し、人種差別 をするまったくひどい国だと思います。ちなみに、日本での難民認定数はたとえば2001年では、たったの26人で先進国中で一番の少なさです(米国は28000人、英国は19000人です)。そもそも、日本社会に「日本人」と「外国人」とを必要以上に強く区別 する傾向があると僕は感じていますが、あなたの暮らすオランダではどうでしょうか? 人種差別 や排外主義は身近なところでも感じていますか?

Jos:オランダで、最近、ピム・フォルタイン*(政治家)やテオ・ヴァン・ゴッホ*(かの画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの遠縁にあたる映画監督)といった人達が暗殺されるという事件が起こり、社会は急激に右寄りの姿勢を取るようになった。多くの国民がテロの脅威を感じてることも大きな要因となっている。特に、若者が人種差別 やナショナリズムに走るようになってしまった。最近はこうした不穏な傾向がオランダでは強い。末恐ろしいね。それに、政府が多くの左派グループをテロリスト扱いしているのも事態に拍車をかけている。オランダはすでに満員なんだ、と主張する人達がいる。政治難民であっても、移民を受け入れるべきではない、と。とにかく、オランダでの現在の状況は非常に悪く、政府は様々な方法を駆使して右寄りな姿勢を煽っているようにしか見えない。

Paul:オランダでも日本と同じような状況だよ。現行のオランダ政府も、いわゆるマンデート難民を、その人の出身国に送り返す(というより、強制送還、だね)ことをしている。難民の出身国が“安全”な国なのか、“民主的”な国なのか、政府が勝手に決めつけている。日本であったような事件と全く同じ事件がオランダでも起こっている。オランダ政府は、クルド人難民(PKK/クルディスタン労働党のメンバー)をトルコに強制送還したり、アフガニスタン人難民もアフガニスタンに強制送還したりしてきた。これらの国が、安全とは程遠く、政治的に不安定であり、“民主的”とはとても言えない国だということは誰でもが知っているような事実であるにもかかわらずだ。そうやってたくさんの難民が、送り返された国で、その人の政治的信念のために深刻な被害に遭っているのは事実なんだ。現行のオランダ政府は、オランダの歴史上、最も厳格な亡命者受け入れ体制を導入したので、最近ではオランダで難民認定されるのが非常に難しくなってきてしまっている。さらに、9.11以降、そして「テロとの戦い」が始まってから、特にイスラム系住民に対する人種差別 が非常に顕著になってきてしまった。ナショナリズムの高まりと併せて、ネオ・ナチや“ホワイト・パワー”(白人優位 主義)のようなグループや組織がどんどん台頭してきている。オランダ社会は政治的姿勢を右寄りに大きく転換し、ピム・ファルタインやテオ・ヴァン・ゴッホの暗殺事件は人種差別 、排他主義、そして明らかなナショナリズムを高める結果となってしまった。
*ピム・フォルタイン暗殺事件について詳しく書かれてあるウェブページ
*テオ・ヴァン・ゴッホ暗殺事件について詳しく書かれてあるウェブページ

・日本でもどんどん監視社会化が進んでいて、パンクに関わる者としては「異物」を許さない社会になっていることを強く感じます。町には監視カメラが一気に増え、2年前には国民ひとりひとりに番号がつけられました。しかもそれに対して、あまり大きな反対の声はなく、むしろ国家による管理を歓迎する傾向すらあります。このへん、オランダではどうでしょうか? オランダでは今年からIDカードを持たされるようになったと聞きましたが、日本でも近々IDカードが持たされるかもしれません。IDカードを持った気分はどうでしょう?

Jos:母親が的確な感想を言ってた。「第二次世界大戦の時代を思い出すわ」。そういうことだね。一体、何故、なんのために身分を常に確認されなければいけないんだろう?DISCHARGEの言葉を借りれば、「これが国家管理というものだ」。

Paul:きっと日本とオランダの政府は(そして他の多くの資本主義国家も)、自国民に対してさえも行う抑圧的な行為が似てるのかもしれない。というのも、日本と全く同じことがオランダでも見られるからね!オランダのほとんどの街で監視カメラはありふれた光景であり、監視カメラ設置に対する市民の反応は好意的だったりする。その理由は、権力側のプロパガンダがうまく浸透しているからだ。“オランダを再び安全な国に”というスローガンを掲げたキャンペーンの一項目となっている。9.11と「テロとの戦い」以降、世界は急激に変化し、権力側は“テロの脅威”を最大限に利用して対“テロ”的な法律や規制を新たに設けるために市民を洗脳している。監視カメラ、さらに多くの警察官や監視官による街頭パトロール、さらに容易になった電話やコンピュータの盗聴、異分子や破壊分子に対するさらなる抑圧などなど、市民に対する締め付けはどんどんきつくなる一方だ。そこで登場したのが、常にIDカード/パスポートを携帯しなければならないという新法。これまでIDカードなんて一切、携帯する必要がなかったから、余計に嫌な気分だ。とても居心地悪いし、社会の囚人という感覚がより強くなった。もっと不運なのは“黒人”や“外国人”風なルックスをしている人達だ。権力は外見で人を判断するからね。着てる服によっても判断されてしまうぐらいだ。パンクな格好をしてたり、ただ単に少し派手な格好をしてると、警察はすぐに注目して、IDカードの提示を当然のように求めてくる。その時、もしIDカードを携帯していなければ、拘置所行きか50ユーロの罰金だ。ふざけてるだろ?!そして、こう思わざるを得ない:「このIDカードはより安全でテロリストのいない社会を作ってくれるのだろうか?」と。まったくのナンセンスだ!ただ単に、国民の秩序を保つための法律なだけだ。資本主義システムはその自国民に対する抑圧をどんどんエスカレートさせている。

・つい先日、日本の大都市の一つ、名古屋という街で、行政・権威による野宿者の強制撤去が行われてしまいました。わざわざこの寒い冬の時期に人間の住居を壊す行為は行政側による殺人行為としか言い様がありません。もともとは国と政府の犠牲者である野宿者達への支援と補償を、日本政府は全くと言っていいほどしません。オランダやヨーロッパでの野宿者の事情、また、どのような支援がどのような方法で行われているのか、労働者を囲む問題等と併せて知っている範囲で紹介してください。

Jos:オランダではこんなことが起こってる。俺達の地元、Amersfoort(アメルスフォールト)では、400人強の野宿者がいるようだ。そのほとんどが他の街を追い出されてきた人達だったりする。権力/行政側の作戦は次の通 り:それぞれの街がクリーン作戦を行い、野宿者を別の街に追い出す。他の街も同様な作戦を行っているものだから、野宿者はたえず移動し続けなければならない。権力/行政側は何故、彼らは野宿しなければならないのかという原因に注目せず、ただ単に野宿者を排除しようとしている。結局、こういうことだ:権力/行政側は人間の排除を行っているだけで、肝心の問題の排除を行っていない。

・少し一般的なトピックになってしまいますが、オランダとその周辺諸国では、自転車での移動が奨励、優遇されていると聞いてます。例えば、道路に自転車専用レーンが設けられているのが一般 的、とか。どこかのインタビューで、Paulは自転車に乗るのが好きだ、というような発言を読んだ記憶があるのですが、僕達/私達も、基本的に自転車に乗るのが楽しい、ということと併せて、環境保護のため、また石油消費に対する一種の抗議行動として好んで自転車に乗ることが多いです。日本ではやはり自動車産業が優遇される傾向にあり、自転車レーンがなかったり、自転車には冷たい国かもしれません。あなたにとって自転車の魅力とは?また、ヨーロッパでは、例えばCritical Massといったような自転車を利用した抗議行動などは頻繁にあったりしますか?

Jos:以前はアムステルダムで毎月、Critical Massがが行われていたけど、今は活動してないみたいだ。俺達は、ライブをやる時は機材を積んだ車で行くけど、他の場合はほとんどいつも自転車か電車で移動するね。自転車は移動手段として気軽に扱えるものだし、良い天気なら凄く楽しいよね。

Paul:Seein Redの3人とも、日常的に自転車を利用している。通勤に、街に出る時に、そして自由な時間にはマウンテン・バイクで自転車スポーツもしたりする。オランダでは、国民のほとんどが自転車に乗るんじゃないかな。なんたって、クソ警官どもだって自転車に乗ってるぐらいだからね!自分達のライブへは車で移動するけど、それ以外の時は自転車か電車で移動する。確かに、オランダは自転車専用レーンが整備されていて、自転車にとっては良い環境がある。Josが言ったみたいに、オランダにもCritical Massといった自転車ムーヴメントもあるけど、他と比べたらそんなに活発に活動はしてないようだ。オランダはもともと自転車が優遇されているような国だから、そこまで切羽詰まった状況でもないからね。ただ、やっぱり車や空気/環境汚染は未だに大きな問題だ。オランダも凄く小さな国で、何もかもが狭い空間に押し詰められているからね。電車といった公共の交通 機関に対する政府のサポートが欠けている。以前は国営だった鉄道も、私有化されてからは料金が大幅に引き上げられた。より多くの人が車ではなく、電車を利用できるように、公共の交通 は無料にするべきだ。そして、何よりも、もっと自転車に乗ろう!

・おそらく、あなたたちはあまりテレビ・ニュースは見ない、もしくは見ても信用しない人たちだと思いますが、あなたたちは普段どういうところからオルタナティブな情報や知識、例えば、あなたたちの曲にもある"LIFE PATTERN"から自由になるための情報や知識を得ているのでしょうか? インターネット上ではインディ・メディアが多くの国で重要な役割を果 たしていると思いますが、オランダではどうでしょうか? また、オルタナティブな情報やそれに興味をもつ人々が集るスペース(例えばインフォショップ、本屋、カフェなど)みたいなものは近所にありますか?

Jos:地元にはそんなクールな場所はないけど、オランダも小さい国で、アムステルダムやユトレヒトといった比較的大きな都市にはすぐに出られたりするんだ。この2つの都市には、オルタナティヴな視点を持つ本や雑誌や新聞などを山のように置いてあるたくさんの素晴らしいインフォ・ショップや本屋があるんだ。オランダでもインターネットは大きな役割を果 たしているよ。

Paul:テレビは見ないわけじゃないけど、見てもそんなには多くの時間をテレビに割かないね。それに、そう、マスメディアを盲目的に信用していない。ただ、オランダには、ニュースやドキュメンタリーといった映像情報関連で信用できる、いいテレビ局もあったりするんだ。情報や知識はは本、新聞(オランダには客観的で批判的な新聞もある)、アナキスト&コミュニストのジン/ペーパー、それにもちろん、インターネット。Indymediaも素晴らしい情報ソースだけど、他にも、Broad-left(ラディカルでオルタナティヴなウェブサイトの膨大な記録を載せてる)といったサイトからも有効な情報を得ることが多い。地元のAmersfoortには、今はインフォ・ショップのような場所はないけど、ユトレヒトやアムステルダムといった近隣の街には良いインフォ・ショップや左派色の強い本屋がたくさんあって、そういうところもオルタナティヴな情報発信地として機能している。それに、パンク/ハードコアのライブいオルタナティヴな本やジンをディストロしてる人達が必ずいたりするから、オルタナティヴな情報の入手方法はいろいろとあるんだ。

・僕(ナリタ)はパンク・ファンジン(Expansion of Life)も作っているのですが、オランダのパンク・シーンではファンジンは多くありますか? ちなみに、次号は「路上」というテーマなのですが、もしよければそのテーマに沿って日本の人々に向けてなにか簡単に最後のメッセージをもらえませんか?

Jos:残念ながら、今のオランダにはパンク・ジンは少ないみたいだね。インターネットがジンに取って代わったようだ。 RECLAIM THE STREETS! - POWER TO THE PEOPLE!

Paul:80年代、90年代のオランダにはパンク・ジンの活発なシーンがあったんだけど、2000年代に入ってからはほとんどの情報交換はインターネット上で行われるようになったね。インターネット・ジンやメッセージ・ボードなどを通 して。今でもジンは残っているみたいだけど、定期的には出ていないようだ。Coalition Recordsというレーベルをやっている仲間達が出しているREFUSEというジンは未だに定期的に刊行されていて、健在だ。
 俺達もreclaim the streets/public spacesのムーヴメントをサポートしている。だけど、さっきも触れたように、社会の監視化、警察や保安の補強、IDカード、電話やメールの盗聴など、reclaim the streets的な活動がどんどん難しくなってきている状況は否めない。現在のシステムはより偏狭で抑圧的になってきている。まるで、警察国家のような政治的状況の中で、こうした抵抗活動を広範に繰り広げることがどんどん難しくなってきている。警察の暴力はエスカレートする一方だし、拘留されると以前にも増して拘留期間が長くなってきてるし。それでも、俺達は闘うことを辞めたりはしない!マルクスの言葉を借りると、「失うものは鉄鎖のみ!」。この言葉には今も真実味がある。俺達は現行の政治システムの奴隷/囚人であり、システムという牢獄から脱したいのであれば、鎖を断ち切って、音楽、直接行動、詩、映画、本、アートなどといったあらゆる表現方法を駆使した抵抗の文化を築き上げ、すべての抑圧に抵抗しなければならない!

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