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Last Modified: 04/27/2004
行動報告
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4/24/2004
侵略への加担をやめろ!
IMF/世銀春季会議に反対する4・24集会
中東は平和であった
イラクは、安全だ!と小泉はいっているが、実際は戦闘が激化し、反米反占領闘争が頻発している。こういう情況の中で、人質事件が起こったが、今回反資本主義行動では、イラクなど中東の歴史的政治的経済的なしくみ学習をしつつ、IMF・世界銀行のグロ−バル支配体制を批判していこうということで東京外語大教授の藤田進さんをおよびし、講演を行った。その後、反資本主義行動の矢部史郎が、IMF・世界銀行支配の状況と日本の運動の状況を、この間の反戦運動への弾圧と権力の介入(チャンス会食問題)などを紹介し、今後の方向性を提起した。
藤田氏は、まずこの間マスコミなどで取り上げられているイラクの宗教対立やクルド問題について切り込んだ。マスコミでは、イラクの国内状況というと、シーア派とスンニ派の宗教対立を必ず持ち出し、クルド少数民族問題とその弾圧という構図を安易に使っている。しかし帝国主義列強が、石油を狙って侵略する以前は、それなりの線引きはあったものの、さまざまなイスラムの派同士仲良く暮らし、キリスト教徒とも争っていたわけでもない。イスラムの教えでも、宗派が違っても仲良くすべしとされている。また、クルドだからといって排除していたわけではない。このことを1926年の「思い出の中のイラク」という本を引用して解説した。
「イラクの諸都市は、さまざまな住民が宗教・文化・人種の違いの中でずっと古くから平和のうちに共存しており、クルド人が独自の文化や言語を持っていても、アラビア語を話してともに暮らしており、イラクを故郷と考えていることは明らかである」(同書)
大資本の介入と暴力的支配
こういう平和な暮らしが、なぜ混乱し争いが起こっているのか? それは、大資本が、石油利権のために中東に軍事的に介入し、勝手に線引きし、分断統治を持ち込み、階級対立をあおり、反乱・革命には、近代兵器を駆使した大弾圧を行ってきた事にある!ということを、まさに資本主義のカラクリを、豊富な資料を基に解説していただいた。
石油利権を狙って、ドイツ、イギリス、フランスが中東に軍事介入し、圧倒的軍事力により、占領し、近代資本主義工業の原料である石油をどんどん採掘していった。その支配には実権を失っていたスルタンの人間を国王として祭りあげ、住民を支配し、外交商業権を列強が掌握。国王など一部の支配層は、ブルジョアジーとするが、多くの民衆は過酷な労働で、工業生産に従事させ、農民からは税を搾りとり、富を搾取してきたという歴史を年表を元に解説。スエズ運河も現地の労働力をつぎ込ませ、列強の港運利権のために増築し、その付けを中東に押し付けてきたということもわかりやすく話していただいた。
まったく許せない資本注入と搾取! しかしこの搾取は、イギリス、フランスの第二次世界大戦での消耗─国力の衰退、そして立ち上がる民衆の決起などがあり改善されるかに見えたが、そこに「民主主義」「平和の使者」という仮面をかぶったアメリカが登場し、新たなる支配が構築されていくということであったのである。このアメリカの話しになるにしたがい、最初は穏やかな藤田氏の語調がだんだん激しくなってきた。そうなのだ、パレスチナにおけるイスラエルの弾圧はいまも続いており、イラクの民衆も殺されている。なのに藤田氏のように歴史的なイスラムの分析と現在の中東の状況を結びつけて切りこむ学者はなかなかいない。これは、日本の中東研究家あるいはイスラム研究の学者が、イスラムの歴史的分析をしても、現在の中東における状況は、「学問でないから」といって逃げてしまう傾向があるからだそうだ。中東の歴史的分析をしながら、今のアメリカの政治支配・金融支配を分析することそしてその中心的存在が、IMF・世界銀行であるということを分析することこそが重要なのに、多くの学者は、「学問」という名の下に資本の階級支配に目をつぶり、中東の地獄の状況に目をつぶっているのである!
テロの始まりは帝国主義の中東侵略
そして藤田氏がまさに怒りをこめて話したのは、「テロリズム」の定義だ。ブッシュや小泉はアメリカやイスラエルへの武装攻撃を「テロ」とよびテロリスト国家などといって、イラン、イラクをレッテルばりしているが、そもそもテロの発祥は、イギリスが、ユダヤ人を中東に送り込み、パレスチナの民がそれに反乱したことに対する掃討戦が始まりであって、今のイスラエルのハマス殺人や入植地での弾圧はそれを忠実に継承していることである。反乱・反攻者を、しらみつぶしに捜索し、拷問と処刑を行う。村ごと破壊し、そこに自分たちの勢力を送り込む。こういうことこそがまさに恐怖のテロリズムなのだが、資本家および資本家の手先の政治家は、自分たちに異議申し立てをするものをむりやりテロリストにでっち上げるのである。
また9・11以降、日本の市民運動などで提起されている「テロにも戦争にも反対」というスローガンにも藤田氏は疑問を提起した。「自爆テロをしている人は、世界の人たちに、自分たちがなぜ自爆するかを考えてほしいという思いがあるのではないか? 日々弾圧され抑圧され、はたまた国家テロによって首謀者とされる人がいきなり殺されている。それに対して、なんら反応しないで、無関心であっていいのか?」
この藤田氏の提起で思い出されるのは、昨年のワールドピースなどの市民運動で、自称市民運動家が呼びかけた「戦争に反対だから、デモも非暴力で」というおおよそ筋違いのスローガンで、警察の弾圧(国家の暴力装置の尖兵である機動隊の暴力)には、抗議しない一方、弾圧・警察の介入に抗議する市民・学生には、規制をしていくという自称市民の姿であるが、この件については、藤田氏の講演の後の矢部が、権力のアメとムチという話しをして弾圧の本質を訴えた。
(大杉新一)

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